膵嚢胞(IPMN)の記録 メンタル

私が医者だったらこう言うっていう妄想

2021/11/14

私はIPMNが手術適用になった時、おすすめ通り手術しないかもしれないと思っています。

というか、

 

IPMNを知る前に戻してほしいと思っています。

 

そんな私が、もし私が医者だったら患者にこういうかもしれないと言うことを書きますね。

 

膵がんの5年生存率は〇%なんですよ?あなたはそれを〇%までもっている、平均寿命も達成する可能性をもっているんですよ?
膵がんは早期発見されないんだから、こんなラッキーな発見そうそうないんですよ?
手術したくても出来ない人が多い中、手術できるだなんて、多少日常に支障がでても、感謝しないといけないですよ?

 

ということを言われたと勝手に妄想して、勝手にそれに対する私の思いを書きました。

 

病院の患者さんの中で並べて私がとびきり幸せなんだっていいますか?

 

手術できない膵がんの人と比べれば可能性が多くて幸せなんだといいますか?

 

たいていの患者さんは、

 

普段の生活は、おおかたが膵癌患者じゃない構成員のコミュニティの中で生活をしています。

そのコミュニティの中の膵がんじゃない人に、事のなりゆきを話したとしても、やはり、

「あなたはラッキーだよ」と言うでしょう。

 

けれど、そう言った本人が、私もラッキーになりたいから、症状もないけど膵がんの可能性の検査してみようと思った人はいるんでしょうか。

 

私の希望は聞いてみませんか?

私はちょっと変わっています。

だから医師はガイドラインに沿いながら私の希望に耳を傾けること、難しいですか?

 

むしろ、私が変わっているのではなく、周りが変わっているのだとすら思ってしまう私はある意味重症でしょうか?

 

死期はいつでもいいのです。100才だろうが、極端に言えば明日でも。

そのいつか誰でも来る死に至るまで、身体的、経済的苦痛をちょっとでも楽にしたいのです。

手術が苦痛を和らげる一つの手段ならば手術はしたいと思います。

いたずらに苦痛を味わう期間を延ばす可能性が大きいならしたくないのです。

完治は二の次で、苦しむ期間の減少が第一の願いなのです。

 

生きる可能性を減らしてそのぶん身体的苦痛をなくす可能性を大きくしたいのです。

そして、セデーションは一秒でも早くしてほしいのです。

 

ここまで言ってなんですが、私は膵がんではなく全く苦痛を知らない無症状のIPMN患者です。

しかし、乳がんの治療で手術、放射線、抗がん剤フルコースは体験しています。

この私が、それだけ癌と、治療の苦痛を恐れているのです。そして疲れているのです。

 

手術はしないと私が言えば、痛みが現れるまで経過観察も来なくていいよってことになるんですかね?

 

なんの症状もない今から早々に思うこと、聞いてもらえないのですか?

 

膵がんで死ぬとは限らない段階なので、くだらないことですか?

私の後ろに患者が沢山待っているこの外来の時間で聞ける話じゃないですか?

 

担当医じゃなくてもいいので、こういう打合せできる担当さんとかあるんでしょうか?

 

誰でも、すくなくとも一回は必ず死にますよね?

病気でなくても万人が頭の片隅で死に際がどうなるか気にしていませんか?

 

命にかかわるかもしれない病気を聞かされて、そのうえで最終的に思った死に際という質問に対して、

できないことを出来ないと、わからないことはわからないとおっしゃっていただいていいのですが、

せめて怒らないで聞いてくれないでしょうか?

 

「私が医者だったら」の妄想のくだりで勝手にここまで妄想が湧きました。そりゃちょっと別の病気かも?

失礼しました。あとで削除するかもしれません。

                      

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